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2016-02-09

あらすじ・はじめに

ネコタミ表紙



『眠虎の民‐ネコノタミ‐』

【あらすじ】

「帰りたい」そこがどこかも解らないけれど、懐かしい場所――。

自分に自信が持てず、居場所が解らなくなっていた少年、鈴木進一郎。

ある日の帰り道、黒猫に横切られ、バナナの皮で滑って
マンホールに落ちるという事故にあってたどり着いたのは、
二足歩行のネコ科の獣人たちが暮らす異世界『眠虎《ねこ》』だった。

そこでは進一郎のように、
「死にたくはないが、この世界に存在していたくもない」という人間が
 稀に飛んでくるので、そんな地球の人間を総称し、
“マレビト”と呼んでいた。

進一郎は無事、地球に帰ることができるのか――?

自分の居場所を捜し求めるすべての人に一緒に旅していただきたい、
スピリチュアルなファンタジー。



【はじめに】

この小説は、2016年2月9日現在、『小説家になろう』他、
小説投稿サイトに第三章の途中まで掲載している作品の完全版です。

【小説家になろう:マイページ】http://mypage.syosetu.com/354002/

現在電子書籍化を予定しており、三章以降は有料化を検討しています。

そのため、バックアップ用としてこのブログを使用し、
こちらでも第二章までは無料で公開してゆく予定です。

もしよろしければ、この『眠虎』の世界に、しばしお付き合い願えれば幸いです。


※以下、この作品についての作者の思い等になります。

続きを読む

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genre : 小説・文学

tag : ファンタジー ネコ ねこ ラノベ 小説 獣人 スピリチュアル 少年

2016-02-09

序章

 ほんの少し開いていた窓から、小さな白い蝶が入って来た。
 無垢な魂にわずかに影を落とすかのような、
 黒い斑点がその羽に浮かんでいる。

「……今年も来るか、マレビトが」

 天井に届くほどの堅牢で巨大な木製の棚が
 部屋の壁八方をそれぞれに囲んでいる。
 細かな彫り物細工が施され、鮮やかな八色の布に覆われた
 それには、古めかしくも美しい数え切れない程の本と、
 色とりどりの宝石や水のように透き通った水晶が収められていた。

 響いたのはその豪奢な部屋の主人である女性の声だった。

 つぶやくように小さな声だったが、もしその場に聴く者がいたなら
 きっと魂の奥底まで届くだろう、そういう種類の声だった。

 だが彼女の城のもっとも高いこの塔部屋の最上階にいるのは、
 先ほど窓から入って来た白い蝶だけだった。
 蝶は自分が入って来た場所が判らなくなったのか、
 外の景色を透す窓に向かって何度も羽を叩いていた。

 蝶が羽ばたいているその影は、紫のビロードに金の縁取りと
 房飾りが付いた布が敷かれた、紫檀のテーブルに落ちている。
 そのテーブルに向かう深い声の持ち主の彼女の手元には、
 手のひらほどの大きさのカードが十枚ほど並べられていた。

「さて」と彼女はまた独りごちた。
「閉じ込められた世界からやって来るのか、
 この世界に閉じ込められに来るのか……」

 そう言って長く伸びた爪でカードを軽くつついた。
 彼女の爪先に触れるカードには、道化師の衣装を着た人物が
 子犬を連れて崖の縁を行く姿が描かれている。

 もしタロットカードに詳しい人間が見たら、
 きっとそれは『愚者』のカードだと言い当てただろう。

 ただ、そのカードの人物は大きな猫の姿をしていた。
 そしてそのカードに触れる彼女もまた、薄く柔らかなローブを
 まとった、人間の女性ほどの大きさの猫の姿をしていた。

 褐色の長く大きな耳から下がる、
 顔の下半分を覆う薄いラベンダー色のヴェール。
 その上に金と紫のオッドアイの、美しく光る大きな猫の瞳があった。

「どちらにせよ、未来を選ぶのは“旅人”次第……」
 そう言って彼女は目を細めて蝶のいる窓を見上げた。

 再び訪れた静寂の中、蝶が窓にぶつかる小さな羽音と、
 窓の外から流れてくる滝のような水音だけがかすかに聴こえていた。


theme : 自作連載ファンタジー小説
genre : 小説・文学

tag : スピリチュアル ファンタジー 少年 獣人 ラノベ ねこ ネコ

2016-02-09

第一章:マレビト・スズと風の国 一

 終業のベルが鳴った。

 塾の講師は『高校受験はこの数日で勝負が決まる』だの、
『推薦の結果待ちの者も気を抜かないように』とか、
 そういう意味合いのことを言って、教室を出て行った。

 少年は机の上のテキストをまとめると、自分のバッグにしまい込み始めた。

「あれ、鈴木くん、もう帰るの?」

 少年の左隣、窓際の席に座っていたブレザーの少女が少年に声をかける。
 彼女は少年とは違う中学校の生徒だ。
 塾以外でとくに何かを話すほど親しくはない。

「オレ、明日推薦の発表日だから」

“鈴木くん”と呼ばれた少年は曖昧に笑って答えた。
「親が早く帰って来いって」

「いいよな進一郎は推薦組だから!」
 少年の真後ろの席に座っていたもう一人の少年が小突きながら笑いかけた。
 彼は少年と同じ、詰襟の学生服を着ている。同じ中学の同級生だ。

「オレだってまだ決まったわけじゃないっつーの」
 これにも曖昧に苦笑いをして答えた。

 明るいイエローグリーンの人工ダウンを着込んで、
 ダウンと同じメーカーのショルダーバッグを肩にかける。

 紫が基調のバッグには、こちらもダウンと同じ明るい色調の
 ライトイエローとイエローグリーンで、
 大きく派手に“Viaggio(ヴィアッジョ)”と
 そのブランドロゴがデザインされている。

 少年、進一郎が最近好きなスポーツ・アウトドアブランドだ。
 値段の割にデザインも性能も抜群に良い。

 このダウンも『ペンケースほどの大きさに薄く丸めてしまえるのに、
 いざという時には寝袋になるほど暖かい』。という触れ込みだ。
 ありがたいことにそこまで過酷な状況に置かれることはまずなくても、
 なぜかこういうアウトドアに強いアイテムに惹かれるのだ。

「じゃあな友梧、と、えーと……滝口さん」

 進一郎がそう言って席を離れると、
 滝口さんと呼ばれた少女は少しビックリした顔をして、顔を赤らめた。
 そして胸の前で「またね」と小さく手を振った。

 友梧と呼ばれた少年はそれを横目で確認するとニヤニヤ笑いながら
「おう」と答えた。そして叫んだ。「先に受かって俺を待っててくれ!」

 進一郎は教室の扉越しに、それに答えて苦笑しながら軽く手を振った。


 学習塾を出ると、外は予想以上に暗く、寒かった。
 バッグの中から濃いグリーンの毛糸のマフラーを取り出し、
 首をすくめたダウンの上から顔の半分を覆い隠すようにそれを巻きつけた。

 塾は小さな駅の前の一角にある。
 午後七時前の商店街の灯りはまだ明るく、人の通りもそれなりに多かった。

 どのみち家には帰らなければならないが、
 早々に帰って母親や父親に下手に気を使われるのもうっとおしい。
 少し暗くて遠回りになるが、
 人通りの少ない路地裏を選んで歩くことにした。
 それは進一郎にとって気分が沈んだ時に選ぶ、秘密の通り道だ。
 今は同級生や知り合いにも会いたくなかった。


 明日から二月なんだなぁ、と進一郎は他人事のように思った。
 一月最後の冷たい風が、少しだけ癖のある黒い前髪を乱して吹き抜ける。

 明日、試験の結果が合格ならばその高校に通うのだろう。
 もしそうでなくても、どこかの高校に受かるまで試験を受けて、
 どこかの高校に通うのだろう。

 どうでも良い気がした。

 どうせこれまでと同じだ。
 どこでだってそれなりに上手くやっていけるだろう。

 勉強は嫌いじゃない。
 頑張ったところで日本有数の有名大学に行けるほどではないが、
 試験やテストの時に力を入れれば、そこそこの成績は取れるだろう。

 スポーツも同じで、運動神経もそこそこ、
 技術はともかくとして体力にだけは自信がある。
 だから部活は極力一人で出来て、内申書受けも良さそうな陸上を選んだ。

 マラソンコースを走るのは好きだ。
 走っている間は何も考えなくて良いし、誰かに気を使わなくて済む。

 そんな感じできっと高校に行っても部活はそのまま陸上を選んで、
 勉強もそれなりにして、クラスの人間関係もなんとかやっていけるだろう。

「それでなんなんだろうなぁ。オレの人生」

 気がつくと、あと三百メートルほど真っ直ぐに歩けば、
 家に着いてしまう距離だった。
 立ち止まってつぶやいた一瞬、
 足元を左から右へ黒と黄色の小さな影が横切った気がした。

(猫がバナナをくわえていた気がする)

 まさかと思い猫か何かが横切って行った右横の小さな路地に視線を移すと、
 目の前に工事現場の通行止めの看板が立っていた。

 その道の少し先の方には、いくつか並んだ街灯のうち、
 一本だけ灯りの消えたものがあった。

「そういえば、前から消えかかってたよなあの街灯」

 ついに寿命が尽きたんだろうか。
 言いながら、無意識にそちらに歩き出していた。

 百六十七センチ程の進一郎の背より高い
 コンクリートの両壁がそれぞれの家を守っている。
 その長く細い路地を、ぽつぽつと誇らしげに丸く灯りを落とす街灯たち。
 灯りの消えた一角だけが、世界から切り取られたように黒い。

『まるで自分みたいだ』と、進一郎は思う。

 使えなくなったらいつの間にか新しいものに取り替えられて、
 でもきっと誰もそれには気がつかない。

 いくらでも代わりがきく、自分もたぶんそんな人間なのだ。

 最後に見て、自分だけは覚えていてやりたい。なぜかそんな気分になった。

 灯りの消えた街灯に近づくと、そこに紫色に光る二つの目があった。

 内心かなりドキリとしたが目を凝らしてよく見ると、
 塀の向こうのかすかな家の灯りで縁どられた、
 黒猫の輪郭が浮かび上がってきた。

『ああ、さっきのはやっぱり猫だったんだ』、となぜだか少し安心した。

 そして『猫ってあんなに高い所までジャンプできるんだなぁ』と、
 感心しながら足を滑らせた。

 足元から目の前まで信じられない高さで滑り飛んできたのは、
 バナナの皮だった。

『ああ、バナナの皮って本当にこんなに滑るものなんだ』と、
 進一郎はまた感心した。少し感動すらした。

 そして『やっぱりあの猫、バナナをくわえていたんだな。
 オレってけっこう動体視力良いじゃん』と、少し誇らしく思った。

 次の瞬間、
『バナナの皮が高く飛んだわけではない、自分が下に落ちているんだ』
 と理解した。
 そろそろ後ろ手に地面につくはずの両手が
 何の抵抗も返してこなかったからだ。

 工事中だったのは灯りの消えた街灯そのものではなく、
 街灯の真下のマンホールの中の何かだったらしい。

 落ちてゆく視界の端に一瞬、穴の向こう側の通行止めの看板と、
 その上に飛び乗った黒猫が見えた気がした。


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genre : 小説・文学

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2016-02-12

第一章:二

 人は死ぬ前に、走馬灯のように自分の人生を思い出すと言うが、
 進一郎の脳裏に浮かんだのはこんな映像だった。

「本日、午後七時頃、鈴木進一郎さん(15)が東京都○×区の路上で、
 誤って工事現場のマンホールに転落し、死亡しました。
 原因はバナナの……プッ」

 ニュースキャスターのお姉さんが必死に笑いをこらえている。

 …………。
 嫌だ。

 死ぬなら死ぬで誰にも迷惑をかけずにひっそりと死ぬのが理想だったのに。
 それが下手をすれば百年後くらいに
『本当にあった! 世界ビックリニュース』
 みたいな番組にまで紹介されそうな死に方をするなんて嫌だ。

 本当にバナナの皮で滑って亡くなった方が
 万が一いらっしゃったらごめんなさい。
 少なくともオレは知りません。オレが世界初だと思います。
 いや、だからそんな世界初嫌だけど!!

 っていうか、死にたくない!!


「では、折衷案《せっちゅうあん》ではどうでしょう?」

 突然闇の中で女性の声が響いた。
 それはまるで、魂の底から響いてくるような深みのある美しい声だった。

 同時に進一郎の落下も止まっていた。

 辺りは暗闇でまったく何も見えない。
 マンホールの中に落ちたはずだが、地面に激突した痛みも、
 水に落ちたような音も感覚もしなかった。

 ありえないことだが、空中で静止しているようだった。

「なんなんだよこれ……?」

 進一郎がつぶやくと同時に、足元のずっと下の方から風が吹いてきた。

 それはあっという間に、進一郎の体を持ち上げると、
 落ちてきた方向へ押し出し始めた。
 というより、上空に向けて思い切り一気に吹き飛ばした。

「一名様、ごあんな~い♪」

 と、再び先程の女性の声が聴こえた。
 声の神秘性は相変わらずだが、場所が場所ならなんだか
 別のサービスを期待してしまうような調子だった。

「だから何なんだよこれっ!!」

 やや怒りを込めて叫んだところで、再び動きが静止した。

 目を開けると、眼下には一面、美しく広大な大地が拡がっていた。
 地上には強い風にあおられた色とりどりの旗や、白い天幕、
 遠くには集落らしきものや森の緑も見える。

 そう、空中に吹き上げられた進一郎の二十メートルほど下に地面はあった。

「高っ……!!」

 事態を飲み込む暇もなく今度こそ進一郎は落下した。




 ぼふーん!!!!

 進一郎が飛び出した穴の周囲には、
 ぐるりと円形に、鮮やかな八色の布が張られていた。
 風に膨らみつつも、かなり頑丈に作られているそれは、
 どうやらクッションの役目を果たしているらしい。

 全身を強打し、薄れつつある意識の中、
 どこか遠くで、鈴の音を聞いた気がした。
 とりあえず死ななかった自分に安心した進一郎は、
 そこでようやく気絶した。

 
「来たよ、来たよ! マレビトが!」
 布の上を飛び跳ねるように、男性らしい声が近づいて来た。

「今回も予言どおりだわねぇ、あなた!」
 男性の妻らしき声も近づいてくる。

 進一郎をそっと見下ろした二人は、服を着た、大きな猫の姿をしていた。


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2016-02-12

第一章:三

 緑色が好きなんだよなぁ、と進一郎は思う。

 いつの間にか、風の吹く草原に立っていた。

 胸のすぐ下あたりまで一面緑深く、風にそよいでいるその草原は、
 進一郎が小さな頃にはよく訪ねていた、
 母の実家の千葉の田舎の光景に似ていた。

 毎年、夏休みやお正月には、集まった親戚の子供たちと
 家の裏山や近くの畑や公園で“鬼ごっこ”や“かくれんぼ”をしていた。

 だからだろうか。今でも緑色に包まれていると、
 何か大きなものに守られているような気がして、落ち着くのだ。

 そんな思い出も、今では現実だったのか疑いたくなるほど
 遠いところへ来てしまった。

「帰りたいなぁ……」

 進一郎は、無意識に口癖になっているその言葉をつぶやいた。

 家に帰りたいのではない。
 東京の実家の、自分の部屋にいてさえ時々そう思うのだ。

 自分自身でもよく解らない。
 けれどどこか違うところに来てしまった。
 自分がいるべき本当の場所はここではない。

 そんな思いが、いつからかずっとある。

 ここはどこだろう。オレの帰りたかった場所なのかな。

 そう思い、どこかへ歩きだそうとした瞬間、草原のずっと向こう、
 地平線の彼方から何やら巨大でプニプニとした、
 丸々と太ったピンク色のヒトデのようなものが現れた。

「!?」

 それは突然、草をかき分けながら
 ものすごいスピードで進一郎に向かって突進してきた。

 方向転換して逆の方へ逃げようとしたが、
 足に草がからまって頭からその場に倒れ込んでしまった。

 慌てて振り返った時には、もうピンクのプニプニしたものは
 進一郎の真上に飛び込んで来ていた。



 ……プニプニ。


 そこで目が覚めた。

 目は覚めたのだが、目の前には相変わらずピンクのプニプニがあった。
 よく見ると、それは犬や猫の手のひらにある、肉球だった。

 寝たまま薄目で確認してみたところ、
 どうやら進一郎の頬やオデコをプニプニしているのは、
 着物のような服を着た幼稚園児ほどの大きさの子猫たちで、
 彼らの肉球らしい。

「起きないね~」「本当に毛が生えてないんだね~」
 などと子供らしい、きゃっきゃとした可愛らしい声で言いあいながら、
 飽きずに進一郎の顔をプニプニつついている。

「なんだ夢か……」
 進一郎は子猫たちには構わず寝直すことに決めかけたが、
 脳細胞に直接目覚まし時計を叩きこまれたかのように飛び起きた。

「猫がしゃべってる!! っていうかでっか!!」

 二匹の子猫たちはほとんど縦に飛ぶように驚いた。
 そして本当に飛ぶような速さで部屋の外に逃げていった。

「……何なんだいったい……」

 進一郎が身を起こすと、オデコに乗せられていたらしい、
 緑色のタオルのようなものがお腹の上あたりに落ちてきた。

 持ち上げてみると手にはひんやりと心地良いが、
 嫌な湿り気はない、不思議な素材で出来ていた。

 それから辺りを見回してみると、そこは六畳ほどの暖かい部屋の中だった。

 柔らかなベージュ色だが、光沢のあるしっかりとした土壁に、
 自然で素朴なデザインを生かした木製のテーブルや椅子。
 鏡付きの小さな洗面台まである。

 すぐ脇のサイドテーブルには、水差しとカップ、
 手のひらほどの花瓶には、薄いピンクの花が飾られていた。

 進一郎が寝かしつけられていたベッドは、やはり小さめだが
 ふんわりとした気持ちの良い清潔な布団で、太陽の匂いがした。

 どうやら看病をしていてくれたのは確からしい。
 よくよく考えてみれば、着ぐるみのような物を着た
 人間の子供たちだったのかもしれない。
 今更ながら、驚かせてしまったことを後悔した。

「……あの……すいませーん、誰かいませんか?」

 ベッドから出て声をかけながら改めて自分の体を確認してみると、
 いつの間にか上はワイシャツ姿になっていた。

 まだ少し痛みの残る手には、ミントのような香りの湿布が貼られている。
 足にも似た感覚があるので、きっと足も治療してくれたのだろう。
 そう思いながらベッド脇に揃えてあったスリッパを履いて立ち上がる。

 とりあえず何か上に着るものはないかと改めて見回すと、
 部屋の出入り口にかかっているカーテンの傍のコート掛けに
 進一郎の着ていたダウンと学生服の上着がかかっていた。

 服が無事だったのと、丁寧に扱ってくれていたことに感謝した。
 そして一歩そちらに近づこうとしたところで出入り口のカーテンが
 シャッと開き、おかしな仮面をつけた生き物が現れた。

「……っ」

 たとえ大きな猫が現れても、今度こそ落ち着いて対応しようと
 決意していた進一郎の努力は早くも無に帰そうとしていた。

 今度の生き物は進一郎よりもだいぶ背が高い。

 猫とも狐ともつかない大きな耳と笑ったような細い目の仮面は、
 フサフサとした銀色の髪の毛のようなものに覆われている。
 そして同じようなフサフサの毛で出来ているように見える銀色の尻尾が、
 いくつもぐるりと腰のあたりにくっついた、おかしな白い服を着ている。

 例えるなら日本の鬼や“なまはげ”を西洋風にアレンジして、
 サーカスのピエロを掛けた感じ、だろうか。
 それが大きなお盆のような物に、進一郎のバッグなどを載せて持っている。

 この生き物の危険性は高いのか、それとも無害なのか、まったく解らない。
 どうするのが最善なのか、自分の理解を超えていたので、
 とりあえず口を開けたまま硬直しておいた。

「お目覚めいかがですか、鈴木進一郎くん?」

 しゃべった。意思の疎通はできそうだ。というか……。
「オレの名前……?」

「ああ! ごめんよ、勝手に拝見しました!」
 そう言いながら仮面の生き物はベッドの反対側の
 壁際のテーブルにその大きなお盆を下ろした。

 そしてパチンと指を鳴らすと、
 進一郎の生徒手帳をその右手の中に出現させた。
 トランプのマジックでよく見る、あの感じで。

「これも一応、念のための、危険防止策の一つだから。
 ごめんね勝手に持ち物検査しちゃって」

 そう言いながら進一郎に近づいてくると、
 ワイシャツのポケットに生徒手帳を差し込んだ。

「ボクは銀狐《ギンコ》、よろしくね!」

 そう言ってフサの付いた仮面を頭から上に引き抜くように外した。

 現れたのは水色にも明るい青にも見える不思議な色を湛えた瞳に、
 銀色の長い髪を首の後ろで一つに縛った、
 天使のように美しい人間の青年の笑顔だった。

 そうしてギンコは進一郎に右手を差し出した。


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2016-02-12

第一章:四

 進一郎はおずおずと右手を差し出した。

 今日はもう驚き尽くした感はあるが、
 またさっきのマジックか何かで変なものが出てこないとも限らない。

「はい、握手」
 指の長い大きな手で、力をあまり入れないようにしている進一郎の手を
 やや一方的に上下に揺らすように握手すると、ギンコはにっこりと笑った。

 ギンコの手は『手甲』、時代劇で忍者などが身に着ける、
 中指だけを紐で通して固定し手の甲を覆う手袋のような物をしていた。
 その甲側には水色の雫のような形が三重に描かれている。

 なんとなく、神社かどこかで見たことがありそうな
 印だなと進一郎が思っていると、
「あ、コレ? 良いでしょ、水の国認定の『案内人』のマーク」
 と、またにっこりと笑った。何やら誇らしげだ。

 何が良いのかよく解らなかったが、とりあえず笑い返しておいた。
 何はともあれ相手は人間だし、見た目は日本人ではないけれど、
 日本語で話ができるのもありがたい。

 どういう経緯でそうなったのかは解らないが、
 たまたまあの道路で映画の撮影中だったとか、
 最近よくある視聴者参加型のドッキリ企画に巻き込まれたとか、
 何かしら現実的な理由があるに違いない。

 さっきの子猫たちだって落ち着いて見ればやはり、
 良くできた着ぐるみを着た子役たちなのだろう。

「えーと……ギンコさん……日本語お上手ですね?」
 とりあえず話のとっかかりに言ってみた。

「ボク? うん、ボクはまあ、生まれはイタリアなんだけどね。
 親戚に日本の女性がいるから。
 それにこっちの世界に来てから十年くらいになるし、
 言葉に慣れちゃったんだと思うよ。
 あとたぶん、ほとんどテレパシー的な原理で伝わってるのかもしれないし」

 答えの前半と後半で時空的な差があったのは気のせいだと思いたい。
「……こっちの世界?」

「うん、さっき子ネコたちを見たでしょ? ここは彼らの世界だから。
 ボクらはどちらかと言えばお客さん。
 稀に地球という世界から飛んでくる人々。
 だから“マレビト”って呼ばれてる」

「…………」
 言葉が見つからなかった。

「それで、こっちの世界は眠虎《ネコ》、眠る虎って書くんだけど、そういう名前。
 だからこっちの世界の住民は、自分たちのことを“眠虎の民”って呼んでる。
 あ、でも、めんどくさい時はネコとかネコタミとかで通じるからね。
 そのへんは人間を人とかっていうのと同じ」
 そう言いながらギンコはテーブル横の椅子の一つを引いて腰掛けた。
 進一郎にも手振りでベッドか椅子に座るよう勧めた。

「…………」
 なんだかもう、なんだかなんだかなもう。
 それでオレにどうしろって言うんだ。そう言いたかったが、
 口に出してしまったらこの状況を現実として認めたことになってしまう。

 そこに、女性の声がかけられた。
「新しいマレビトさんはどう? ギンコ。もう何か食べられそう?」
 部屋の入口に、子ネコたちの母親らしきネコが現れた。

 母ネコのスカートらしき物の後ろからは、先ほどの子ネコたち二匹……
 いや二人が、耳を伏せぎみに、ビクビクしながら顔を覗かせている。

 彼女らを改めてよく見れば、人間のように自然な
 立ち居振る舞いでありながら、耳どころかヒゲや尻尾まで動いている。

 それぞれ微妙に毛を膨らませたり、テンポよく上下させたりしているが、
 妙な機械音もしなければ、何かで引っ張ったりしている感じもない。

 何より眼でわかる。
 感情があって、心がある、生きているものの表情だ。


 ああ現実だ。
 嘘みたいだけどこっちが現実なんだ。
 仮にこれが着ぐるみやアニマトロニクスなら、ものすごい未来の製品だ。
 どちらにしろ、自分がいた世界とは別のところだ。

 進一郎はベッドに座り込んだ。


「マオさんありがとう、どう、お腹すいてる? 今、食事はとれそうかな?」

 そう言われて初めて進一郎は自分が空腹な事に気づき、
 塾の前に軽く菓子パンを食べただけだったのを思い出した。
 あれから何時間くらいたっているのだろう。

「……はい、いただきます」
 なんだか申し訳ない気がしつつも、そこは素直に頷いた。

 マオと呼ばれたお母さんネコは柔らかな笑みを浮かべると、
 子ネコたちの背中を押すようにして、来た方向へ戻っていった。

「ね、本物でしょ? 信じた?」
 振り向いたギンコが笑った。
 そうして最初につけていた仮面を一瞬でかぶってこう言った。
「こういう作り物とは大違い」

 ここまでくるとこの人のほうが謎なんだよなぁ、と思いながら
 進一郎は聞いてみた。

「ええと……それで地球……というか日本、
 オレのいた場所までどうやって帰るんですか?」
 ふと、電車代どれくらいかかるのかな、というような疑問がわいてきた。
 まさか飛行機とかだろうか。
 それとも来たときのようにワープする穴みたいな物があるのかもしれない。

 一瞬、時間が止まったかのようだった。

「……帰りたい? 本当に?」

 今まで何でも即答してくれたギンコの声だ。
 だが仮面の中から聞こえてくるその口調は、別人のようだった。

「だって……そんなの、当たり前じゃないですか……」

 そうだろうか。
 本当に“あの世界”に帰りたいのだろうか。
 ここに来る前、自分は何を考えていただろう。

「“マレビト”はね、進一郎くん。
 地球のいろんな場所からやって来るんだ。年齢も、性別も、人種も様々。
 でも、すべてのマレビトに共通しているのは――
“もうここに居たくない”。
 そう思っている時になんらかの事件や事故に巻き込まれたということ」

 ドクン。
 心臓を鷲掴みにされたような感覚が進一郎を襲った。

 仮面の中からギンコの青い瞳が覗いている。
 笑っていない天使の絵画は、
 良く見ればどれもその表情に恐ろしさを感じる。
 彼らは美しいが異端者には無慈悲だ。
 ギンコのその瞳は審判を下す天からの使者の眼に似ていた。

「オレは――。オレは……わからないです……帰りたいのか」
 俯いて、頭を抱えた。本当にわからなかったのだ。
 もとの世界に戻って、昨日の続きのように生きてゆくのが
 自分にとって幸せなことなのか。


 ややあって、ギンコが再び口を開いた。

「……“デパートでの放火、行方不明者一名未だ痕跡も見つからず”。
 “欧州で大規模なテロ、犯人は逃走中”、“原発事故収束見えず”……」

 顔を上げると、いつの間にかギンコは進一郎の携帯電話をいじっていた。

「ちょっ、人のケータイ勝手に!!」

 慌てて取り上げて見ると、
 開いている画面は最近配信されたニューストピックスだった。
 どうやらこれを読み上げていたらしい。

 そして期待はしていなかったが、やはり思い切り『圏外』だった。

「そっちの世界は相変わらずみたいだね。無理もないか」
 いつの間にか仮面を外したギンコは、
 困ったように、そして少し悲しそうに笑っていた。

「まあ何にしろすぐには帰れないから!
 今夜はよく食べて、よくお風呂に入って、よく寝よう!!」

 突然いつもの調子に戻ったギンコに拍子抜けしたが、
 明るい笑顔にほっとした。
 せめて一晩、考えさせてもらおう。


「ご飯ですよ~!!」
 美味しそうな匂いとともに、ネコのお母さんの声が聴こえた。


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2016-02-12

第一章:五

 食卓には湯気の立つ、美味しそうな料理が並べられていた。

 大きな楕円形の木製のテーブルには、
 先ほどの子ネコたちがじゃれあいながら並んで席に着いている。

 向かって右側の子ネコは薄茶色の虎模様で、左側の子ネコは
 白地に両耳の先だけ茶色い模様だ。どうやらどちらも男の子らしい。

 母ネコのマオもそうだが、ネコたちは皆よく見れば、
 チベットやモンゴルなどで見るような
 着物に近いアジア系の民族衣装風の服を着ている。

 子ネコたちはこちらに気がついて少しビックリしたようだが、
 進一郎がさっきはごめんという気持ちで軽く頭を下げると、
 何か囁きあって、嬉しそうに二人で手を振ってきた。
 そしてまたふざけあい始めた。

 ギンコに促されて子ネコたちの向かい側の奥の席に着くと、
 お母さんネコのマオが、彼女よりもほんの少し大柄なネコと一緒に
 大きな木の板のようなものに乗った何かを運んできた。
 大柄なほうのネコは、腰にハンマーをぶら下げている。

 あまりにも当然という動きなので無意識に受け入れていたが、
 ネコたちはみんな二足歩行で立ち上がり、
 尻尾でバランスをとるようにして綺麗に歩いている。

「わぁ、イワイノシシの釜土焼きだ! 豪華!!」
 子供たちより先にギンコが反応すると、マオが答えた。

「一年前にあなたとシルフのみんなが獲ってきてくれたのを解凍したのよ。
 あんまり大きいから、こういう時にでもたくさん食べないと!」

 ドスンという感じでテーブルに乗せられたそれは、
 分厚く大きな木のお盆のような物の上に直接置かれた、
 電子レンジほどの大きさの黒い塊だった。
 焦げた鉄のような色と形のそれからは、全体から薄く煙が立ち昇り、
 ジュウジュウと今も肉が焼ける音がしている。

 どう見ても固くて食べられそうにないものだが、
 その塊からは食欲をそそる香ばしい香りが漂ってきていた。

 進一郎がじっと見ていると、
 マオと一緒にそれを運んできた大柄なネコが言った。

「これはね、こうやって食べるんですよ」
 そうして腰に下げていた大きなハンマーで黒い塊を叩いた。
 すると鉄の塊のようだったそれに、いとも簡単にヒビが入った。

 ヒビの間からは肉汁が溢れ、湯気があがった。
 赤身の柔らかそうな肉が湯気の合間に見えている。

「イワイノシシはね、外皮が岩みたいに硬いんだ。
 だけど焼けばこんな風に簡単に割れるようになるんだよ」
 ギンコが教えてくれた。
 マオが割れ目からナイフを入れて肉を切り分け始めた。
 観察してみると、ハンマーで叩いた面の両サイドは、
 ナイフで軽く掃うと煤が取れ、これがこの動物の丸焼きではない、
 巨大な生物のほんの一部分だという事が連想できた。

「はじめまして、この辺りの“ミオの祠《ほこら》”の
 神主をさせてもらっている、タオと申します」
 ハンマーを持った大柄なネコが進一郎に近づいてきて、挨拶をした。

「もうご存知かもしれませんが、
 家内のマオ、子供たちは右がラオ、左がテオです」

 どうやら彼はマオの夫であり、子供たちの父親のようだ。
 マオは白ネコで額にわずかな茶色の模様があり、
 タオは全身が濃い虎縞模様だった。進一郎よりほんの少しだけ背が低い。

「は、はじめまして」
 進一郎は立ち上がって頭をぺこりと下げた。
 そういえば世話になっておきながら、
 ネコたちとちゃんと話すのは初めてだった。

「あの……助けていただいてありがとうございました。
 そのうえご飯までいただいてすみません……
 あの、オレ、鈴木進一郎といいます」

「ああ、いやいや、
 君たちマレビトを助けるのは私たちの役目でもあるんだよ、
 気にしないで。それよりせっかくの料理が冷めてしまうよ。
 もっとも猫舌な私たちにはある程度
 冷めたくらいがちょうど良いんだが……
 さ、とにかくいただこうか!」

 タオはそう言うと、軽く進一郎の肩を叩くと椅子に座らせた。
 そして自分も子ネコたちとギンコの間の席に着いた。
 マオはそれぞれの皿に肉を取り分けると、
 子ネコたちと進一郎の間の席に座った。

 では、とタオが音頭をとった。
「新しいマレビト、スズキくんの来訪を祝って! ……いただきます!!」
 ぽふんと両手を合わせ、そう大きな声で言った。
「いただきます!」みんなが唱和した。

 意外と普通だ。ただ“鈴木”の発音が“都築”とかそっちの音程だったが。
 ちょっと拍子抜けしたがお腹が空いていたので
 長い決まりごとの挨拶などがないのは嬉しかった。

 そういえば箸やナイフやフォークなどが用意されているが、
 ネコの手でどうやって食べるんだろう、と前を見てみると、
 子ネコたちの手の爪が少し開くようになっており、
 その間から人間の指のようなものが出てフォークやナイフを握っていた。
 よく見てみると、肉球と同じ色をしているようだ。

「…………」

「ああ、この子達はまだ子ネコだから、上手く爪だけ引っ込められないのよ。
 大きくなれば、こんな風に、ほらね?」
 マオがお手本を示すように、フワフワの毛で覆われた手から、
 ピンクの肉球と同じ色の指だけを出して見せた。

「……なるほど」
 進一郎は半笑いになった。これなら道具だって人間と同じく使えるだろう。
 それどころか素手に天然のカッターや
 ナイフまで装備されているようなものだ。
 今更ながら猫が肉食獣だという事を思い出した。

「進化ってすごい」
 それから自分のお皿に切り分けられた
 イワイノシシの肉を恐る恐る口に運んでみた。

「……美味しい……!」
 皮の部分が岩のようになっているせいか、ステーキ皿の上で
 温められ続けているような、程よいレア加減の柔らかな肉だった。
 白いご飯があれば最高だが、ネコはお米を食べたりするのだろうか。

 テーブルを改めて見回してみると、
 何かの鳥の丸焼きだとか、魚のお刺身や唐揚げ、貝のスープ、
 グラタンのようなクリーム煮のもの、野菜や果物のスライスなど、
 実に豊富なメニューが並んでいた。
 ただそのどれもがほんの少し、地球のとは違う種類のものらしかった。

 横目で見てみると、ギンコは「マオさんのお料理はやっぱり美味しい」と
 どれも片っ端から取り寄せて口に運んでいた。

 こっそりと、食べて大丈夫な材料なのかと聞こうと思ったが、
 目が合うと「ほら、遠慮しないで」と言いながら進一郎の取り皿にも
「これはカゼクイドリの丸焼きで、そのスープはコウガイの一種だね」
 といろんな料理を片っ端から盛り付け始めた。

 取り分けてもらった以上残すのは失礼と、
 進一郎もどれも少しずついただいてみたが、本当にどれも美味しかった。
 ただなんだか解らないけれど、何か味が足りない気もした。

 首を傾げていると、ギンコが「いる?」と小さな小瓶を2本出してきた。
 相変わらずどこから物を取り出しているのか解らない。
 中には薄い黄色い色の粉と、白っぽい色の粉が入っている。

「ガーリックパウダーと、オニオンパウダー」

 そう言われてそうだ、と足りない味の正体に気がついた。
 ニンニクや玉ねぎの味や匂いがしないのだ。

「ボクらにとってはただの野菜でも、
 ネコたちにとっては命取りなものもあるんだよ。
 だからニンニクや玉ねぎなんかは、マレビト登録して、
 許可を得ないと所持できないの。毒と同じだから。
 もちろん勝手に自分以外のヒトの料理に入れたりしたら犯罪ね」

「へー……」進一郎は感心した。
 詳しくは謎だが、思っていたよりも
 ずっとしっかりしたルールがあるらしい。
 せっかくなのでひと振りずつスープに入れてみると、
 お馴染みのコンソメ風味に変わった。

 しばらくすると、テーブルのお皿の上もだいぶ空になり、
 みんながお腹いっぱいで満足の表情になっていた。

「まだみんなのお腹に入るかしら……」
 そう言いながらマオは、生クリームたっぷりのミルクケーキを運んできた。
 添えられた飲み物はホットミルクだった。

 ほんのりとした甘さのデザートを食べながら、
 タオが進一郎に話しかけてきた。
「それでスズキくんは、猫好きかい?」

 一瞬ミルクで咳き込んだが、正直に「ええと……普通です」と答えた。
 母親の実家で飼っていたから可愛がったこともあるが、
 両親が共働きの東京の家では世話をする人がいないからと、
 ペットは飼ったことがない。

 好きか嫌いかで聞かれたらたぶん好きだろうけれど、
“猫好き”かと問われればそこまでではないだろう。

 言ってしまってから「普通」は失礼だろうかと思ったが、
 以外にもタオの反応は好意的なものだった。

「うんうん、普通が一番だよ。前回来たマレビトなんてなぁ、お前。
 母さんに手を出すかと思ったぞ。」

「もう、あなたったら、子供たちの前で!」
 マオが顔を赤らめた(ように見えた)。まんざらでもなさそうだ。

 確かにものすごい猫好きの人間が来たら、
 ここは天国のような場所かもしれないな、と進一郎は一人納得した。


「ごちそうさまでした!!」

 子ネコたちとギンコがほとんど同時に声をあげた。
 進一郎やタオやマオもごちそうさまでした、と微笑んだ。

 子ネコたちが自分のお皿を調理場に運んで行くのを見て
 進一郎も手伝おうとしたが、お客様だから、とマオがやんわりと断った。
「それよりもギンコ、お風呂に案内してあげて。
 きっと疲れがとれるだろうから。着替えは脱衣所に用意してあるわ」

「ああ、そうだね。いろいろ教えなきゃいけないことがまだあるんだった。
 じゃあ行こうか、スズキくん!」
 ギンコにもタオの呼び方が伝染ったようだ。


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2016-02-13

第一章:六

 食堂から左のドアを抜けると、
 いわゆる大浴場のような空間が広がっていた。
 温泉特有のお湯の香りが漂っている。

 思っていたよりもずっと広く、
 食堂や進一郎が寝かされていた部屋のほうにも別のドアがあったことから、
 全体では軽く体育館ほどの広さがある施設のように感じられた。

「こっちの向かって左側が男性用、右側が女性用だからね」
 ギンコが手で示しながら案内を始めた。

 左側の壁沿いには、トイレがあった。
 龍のマークのプレートがかかっている青いドアを開けて中を覗いてみると、
 いくつか個室が並んでいる造りでほとんど地球の水洗トイレと変わらない。

 ただギンコが言うには、
「背中の下の方のところに穴があいてたり窪みがあるけど、
 それは尻尾を通す穴で、ボクらにはあんまり関係ないから」との事だった。

 ドアを閉めて風呂側の方へ進むと、左奥の壁には
 青い背景に金色の龍が描かれた巨大な絵画が掛かっていた。

 近寄ってよく見ると、それは細かな宝石や金で描かれた砂絵のようだった。

「本物……?」
 あまりに豪華絢爛な壁画に思わず触って確かめたくなったが、
 壊れでもしたら怖い。
 すべて本物の宝石や金で出来ているのなら、
 こんなに無防備に誰でも盗れる状態にしておいていいのだろうか。

「これはね、こっちでいう神様。
 男性の龍の神様で“フィルコ”。女性の神様は虎で“ミオ”。
 だから施設とかで龍の絵やマークが描いてあれば、それは男性用ってこと。
 虎の絵が描かれていたら、女性用。覚えてね?」

 少し後ずさって右側を見ると、二つのドアを挟んで、
 オレンジ色の背景に白い体に紫色の縞のある虎の絵が描かれている。
 あちら側が女性用ということか。

「あと、色だと青か金がフィルコの色だから、男性用。女性はオレンジか紫。
 金と紫は尊色だから、だいたい青とオレンジが使われるけど」

「はあ」と進一郎は頷いた。
 日本では男性が青か黒、女性が赤という感じなのでまあまあ覚えやすい。

「というわけで、お風呂!」
 龍の絵の脇を通り、手前の青い色のドアを開けた。

 中は木製だった床から、大理石のような質感の石に変わっていた。
 スリッパを脱ぐと、ほんのりと暖かい。
 あとは地球の大浴場の脱衣所とほぼ同じような作りだった。
 奥のすりガラスの扉の向こうから、お湯が流れる音が聞こえてくる。

「ボクも一緒に入って男同士の友情を深めたい……ところだけど、
 ボクは君が寝てるあいだに入っちゃたから。一人でごゆっくり」
 とギンコが笑った。
 初対面の人といきなりお風呂というのも緊張するので内心ほっとした。

「水道の使い方なんかはたぶん向こうと一緒だから。
 赤いほうがお湯で、青いほうが水。着替えはここにあるからね。
 あとは……そうそう、タオルもあるけど、お風呂上がりはこれも楽しいよ!」
 壁の一角に縦型の大きなエアコンがはめ込まれたような箇所があった。
「お風呂から上がったら、ボタンを押してみて!」
 そうして手を振ってドアから出て行った。

 やれやれ、と思い服を脱ぎはじめたところで、バタンとドアが開いて
「あ! 医務室から荷物運んでおくから! 
 男性客の泊まり部屋は、食堂の隣の右側の奥の部屋、
 青い色のドアだからね。
 それからこれ、湿布をこの中に入れてくれる?」
 と、持ってきた蓋付の白いバケツのようなものを示した。
 中には水のようなものが入っている。

 あれは医務室だったんだな、と思いながら、
 素直に手や足に貼られた湿布をはがしてバケツの中に入れた。

 はがしてみるまでわからなかったが、
 湿布の内側は緑色のジェルのようなものがプルプルしていた。
 微かにさわやかなミントのような香りがした。

「ミカヅキモは再利用しないとね」と蓋をしめた。

 藻? 生物とか理科で習った、あのミカヅキモ??
 突っ込みたかったがもう疲れてきたのでそこは受け流すことにした。

「あ、二段ベッドの上と下、どっちが良い?」

 もうそんなのどっちでも良いです、と答えようと思ったが、
 今日は一日、まだ受験生なのに落ちまくっていたことを思い出した。

「下の段で」

「うん、じゃあ今度こそごゆっくり!
 ……ボクは先に寝てるから、ゆっくり温まって来てね!」

 一分ほど様子見をしたが、今度こそギンコは戻ってこなそうだ。
 服を脱ぎながら「ようやく一人になれた」、と思いつつも、
 広い大浴場にぽつんと一人なのは少し寂しい気もした。

 手ぬぐいサイズのタオルを借りて風呂場に入ると、広い湯船があった。
 金の龍の口をかたどった蛇口から湯量豊富なかけ流しの温泉が注がれ、
 天然温泉独特の、心が浮き立ちつつもほっとする
 良い香りの湯気が風呂場全体を暖めている。

 湯船の向こう側の壁には、銭湯の富士山の絵のように
 金の龍の絵が描いてある。これもあの龍の神様なのだろう。
 よく見ると五本の角がある。

 意外にも、というか、
 もう大概のものはこちらの世界にもあるのかもしれないが、
 髪も洗えるボディシャンプーのようなものがあったのでそれを使った。
 あまり強くない、爽やかな自然の花や果物のような好ましい香りだった。

 体を流して温かい湯に浸かると、一気に疲れが取れてゆくような気がした。
 実際、傷や疲れに効く効能の温泉なのかもしれない。
 透明感のあるオレンジ色のお湯を透して、手や足を見てみると、
 すり傷やアザが見る間に薄くなってゆくような気さえした。

「のんびりした世界なのかなぁ……」
 誰もいないのを良いことにちょっと浮いたり泳ぐようにして考えた。
 このお湯に浸かっていると、良い意味でどうでも良くなりそうだ。

 十五分程ぼーっとここに来てからのことを思い出してみたが、
 湯船で眠りかけている自分に気がついて、慌てて出ることにした。

 脱衣所にはバスタオルも用意されていたのでそれを腰に巻いてみたが、
 ギンコの言っていたボタンのことを思い出したので、近づいて押してみた。

 カチッという音がして、すぐに壁からゴォっという勢いで、
 やや熱めの突風が吹いてきた。
 タオルが吹き飛んで髪の毛がめちゃくちゃになったが、
 とにかく体はすぐに乾いた。

 苦笑しながら髪の毛を手で直した。
「全身が毛だらけのネコたちは、体全体をドライヤーで乾かさないと、か」
 なんだかこの世界も楽しく思えてきた。



 用意してもらっていた寝巻きのような服に着替え大浴場を出ると、
 食堂の灯りは柔らかなオレンジ色の光に落とされ、
 静かに廊下を照らしていた。

 壁に掛かっている時計を見てみると、十時程を指しているようだ。
 ネコたちは早寝なのか、あまり気配がない。
 たぶん、医務室の向こうの扉の先が家族の寝室なのだろう。

 食堂を抜けると、左側にはオレンジ色の扉、
 右側には青い色の扉の付いた二部屋があった。
「青い色が男性用……」とつぶやきながら進一郎はそちらに向かった。

 そっと扉を開けると、部屋の壁際にランプのような小さな灯りが見えた。
 ランプの中身は炎ではなく、それ自体が光を発しているようだ。

 それが乗せられているのは腰の高さほどの棚で、
 棚の右側のフックには細長い筒状の物が何本か下げられていた。

 棚は四つに仕切られていて、
 右側の棚の上には雫が三つ重なった模様のバッグと、
 小さな竪琴のようなもの、そしてギンコの仮面が入れてある。
 下の段には、進一郎のバッグが入っていた。

 部屋の真ん中には小さなテーブルと椅子が四脚、
 棚を挟んで右と左には、二段ベッドが一つずつ設置されていた。
 右側の上の段にはギンコが寝ている気配がする。

 起こさないように、なるべくそっと下のベッドに入った。

 医務室と同じく心地の良いベッドだったが、
 風呂上りの目は冴えて、すぐには眠れなかった。

 このまま朝になって、そうしたら。
 進一郎は考える。

 ただ元いた世界に帰る。
 こんなネコの世界の話は誰も信じてくれないだろうな。
 たぶん穴に落ちた時に見た夢だとか、幻覚だと思われるだろう。
 自分自身だって、信じられないのだ。

 帰って何日かしたら、
 きっと自分でもこれは夢だったのかもしれないと思うだろう。
 それで終わりだ。何も変わらない。

 こちらの世界にしばらく残ったらどうだろう?
 これからこの世界で何があるかは解らないけど、とにかくきっと、
 変化はある。少なくとも自分の中の何かが変わる気がする。
 そう思いたいだけかもしれないが、そんな予感がする。
 何より心のどこかが『オレはここに居たい』と叫んでいるような気がした。

 同時に、せっかく入試を受けた高校はどうなるんだ、とか、
 帰るのが遅れれば勉強も遅れるしクラスに馴染めないかもしれない、
 といったような心配も込み上げてきた。
 そもそも帰るのが遅れたら入学は許されるのだろうか?

 そうしてまた、あちらの世界に帰った自分を想像する。

 周囲と上手くやるために、毎日無難に作り笑いをして生きている。
 自分がバカにされないために、時には他人を無視したり貶める事もある。

 そこそこ上手く生きてはいる、
 だがほとんど生きている意味が見つけられない自分がそこにいる。

 何度考えても堂々巡りだった。
 そもそも何で自分は生まれてきたのだろう。
 ありのままの自分が居ていい場所、
 居たい場所さえ見つけられないのなら、何で。

 涙がこめかみを伝い、髪を濡らして枕に沁みていった。

「やっぱりオレの居場所なんて、どこにもないのかな……」
 自分でも知らないうちに声に出していた。

「それはこれからゆっくり探せば良いと思うよ」
 天井から、いや二段ベッドの上から声が聞こえてきた。

「という、ボクの寝言」

 本心を聞かれた恥ずかしさに顔が真っ赤になりかけたが、
 最後の一言に救われて笑ってしまった。

 ずいぶんはっきりした寝言だな、と思いながらも小さく
「おやすみなさい」と声をかけた。

「おやすみ……という寝言」とギンコも答えた。

 ギンコの一言でなぜか安心できたせいか、眠くなってきたようだ。

 ほとんど心は決まっていた。
 どこにも進めない世界はもう選ばない。

 進一郎は眠りについた。

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2016-02-13

第一章:七

  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※


  まず世界はただ薄ぼんやりとして、暗くもなく明るくもなく、
  何もないのと何かあるのとが均一に混ざったものでした。

  ある時それは光と闇、カタチあるものと
  カタチないものにきっちりと別れました。

  光からカタチあるものとして龍の男神と虎の女神が生まれました。
  闇からは何も生まれませんでした。
  神様たちは闇をどうするか相談しました。

  龍の神様は闇は光でずっと照らし続けて
  追い払ってしまおうと言いました。
  虎の神様は闇もまた共にあったのだから受け入れようと言いました。

  その時虎の神様には闇の色をした模様がつきました。
  そして影という存在ができました。

  こうして龍の神様は太陽となり
  昼の世界を照らし続けて守ってくれています。

  闇を受けいれた虎の神様は大地となり、
  昼は眠り、夜の世界を守ってくれています。

  だから虎の神の子孫である私たちネコは基本的には夜行性なのですね。

  そう、眠る虎の民、私たち『ネコノタミ』のことです。
  龍の神の子孫である彼らは龍の燈《ともしび》の使徒、
  『リュ-ト』と呼ばれています。

  住む世界が違うのでめったにお目にかかることはありませんが、
  私たちはお互いを敬いあって生きていかなければなりません。

  さあ、今日も昼と夜、光と闇に感謝を。

  龍虎相うつことのない悠久の平和を願って
  私たちは生き、そして眠るのです。


  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



「……って、何ですかこれ?」
 進一郎は読んでいた本から顔をあげた。

「あ、それ、この大陸の成り立ち、というか神話ね。
 子ネコ≪こども≫用教科書」
 ギンコがにこやかに答えた。今は仮面をかぶっていない。

 子供用、と言われて若干屈辱を感じたが、十五歳は子供だろう。
 ただどうも小学生向け程度の本のような気がしたが、
 この世界に関しては小学生以下の知識も持っていないのだから、
 それも仕方ないのかもしれない。

 朝、目が覚めてみんなで軽めの朝食をとると、ギンコの
「今日は眠虎の世界のお勉強をしよう!」という提案で、食堂から見て
 廊下や階段を挟んで向かい側にある“スタディルーム”に連れて来られた。

 ここはその名の通り小さめの教室くらいの大きさで、
 二列の長いテーブルと、いくつかの椅子が並べられている。

 部屋の奥のホワイトボードの手前には、何枚かのスクリーン型の
 教科資材が天井から吊るされており、今一番手前にかかっているのは、
 猫の顔のような形をした、この大陸の地図らしきものだ。

 その地図を猫の手型の指し棒で指しながら、ギンコがこう言った。

眠虎地図



「まず、ボクたちが今いる場所はここ! 『巽《そん》』国、“風の国”ね」
 猫の顔の向かって右下、ほっぺあたりを指している。

「マレビトは必ず、この風の国の
“龍の吐息”と呼ばれる高台の穴から飛び出てきます。
 だいたい二、三階建ての家の高さくらいまで飛び上がることもありますが、
 下には非常用の救助幕が張ってあるので安全です」

「気絶するくらいには痛かった気がするんですけど……」
 進一郎の突っ込みを受け流してギンコは笑顔で続けた。

「さて国の名前ですが、どの国も
 乾《けん》・兌《だ》・離《り》・震《しん》・巽《そん》・
 坎《かん》・艮《ごん》・坤《こん》っていう正式名称はあるんだけど、 
 だいたいみんな“火の国”とか“水の国”って呼んでます。
 そのほうが言いやすいし、イメージもしやすいし。
 まあそのへんは、アメリカ合衆国をアメリカって言う感じで、
 なんとなく理解してください。」

「はあ」進一郎は頷いた。

「そして国はそれぞれ、色の対応があります。
 例えば、乾国・天の国は空の色の青。
 同時に天は龍の男神フィルコを表す金色も使います。
 同じく、坤国・地の国は大地の色オレンジ。
 白銀に紫の模様の、虎の女神ミオを表すので紫も使います」
 と、ここで新しいスクリーンを下ろした。
 国の名前と色の対応表だ。

対応表


「ちなみに、この世界全体、天と地を表す記号は、
 日本人ならたぶん知ってると思うけど、陰陽マークを使います。
 勾玉の形二つ、数字の6と9を組み合わせたみたいな、あれね。
 モノクロで描く場合は、天が白地に黒丸、地が黒字に白丸です」

 うんうん、と進一郎は頷いた。
 まあ映画やゲーム、服のデザインなんかで見かけることもある。

「例外として、我らが巽国・風の国の色の白は代替的にピンク、
 桃色で表現されることもあります。風は花を運ぶ、ということで」

 はい、と進一郎は軽く手を上げた。
 本当に先生と生徒になった気分だ。
「色ってこの世界ではそんなに大事なんですか?」

 猫の手型の指し棒をパシリと左手に当ててギンコはこう答えた。
「はい、非常に良い質問です。そもそもこの眠虎の大陸は、
『八卦石《はっけせき》』という不思議な力を持つ石が多く採れるのですが、
 その八種の石の名前が、乾《けん》・兌《だ》・離《り》・震《しん》・
 巽《そん》・坎《かん》・艮《ごん》・坤《こん》なんですね。
 国の名前も、その国で最も良く採れる石の多さによって決められました。

 石の効能は様々ですが、例えば乾、属性が天ならば、空中に浮く、
 離、属性が火ならば熱を発する、などなど。
 単体、もしくは様々な石の組み合わせで力を発揮します。

 まあ、石の正確な全成分配合率なんて、
 煉丹《れんたん》術師の中でも調爻師《ちょうこうし》くらいしか解らないと思うけど。
 主な石の組み合わせは、こんな感じで言葉で特徴を覚えやすくなってます」

 そうしてまた新たなスクリーンを下ろした。
 猫の手型の指し棒は人差し指部分が一本、爪の出た形になっている。
 フックに引っ掛けたりできるので、意外と便利そうだ。

易表(大)


「八×八で六十四種類。で、何で色が重要になってくるかというと、
 石の種類によって色がくっきり分かれている場合が多いので、
 大体見た目で判断ができるからです。赤なら火、熱関係だな、とか。
 全部話すと長くなるので、石については生活しながら徐々に覚えましょう」

 全部覚えなくちゃいけないんじゃなくて良かった。進一郎はホッとした。
 なんだかここに来てまで受験勉強をしている気になってきたからだ。

「あとは……そうだな。
 大陸の頭のほうが北、アゴのほうが南です。
 南北に最長約四千ニャンクロトス、東西に五千ニャンクロトス、
 大陸の面積は800万ニャンクロペタトスほどです」

「何て?」

「ああ、大体一ニャンクロトスが一キロメートルで、
 ニャンクロペタトスが平方キロメートルね。
 ちなみにミリがニャス、センチがニャンス、メートルはニャントス。
 誤差は確か……0.00273……いや237……ミリ……メートルだっけかな?
 ま、それも本のどっかに載ってると思います!
 国の面積なんて正確に覚えてなくても生きていけるよ、うん」

「すいません、案内人のチェンジって出来ますか?」
 と進一郎は一瞬声に出して言おうかと思ったが、
 さすがに本人に言うのは可哀想なのでやめておいた。

 その代わり、地理の記憶を蘇らせて、
 大体オーストラリア大陸くらいのイメージで検討をつけた。

「それで、地球に帰るためにはどうすれば良いんですか?」
 とりあえずどこでどうすれば良いかは聞いておいて、
 その間にこれから何ができるか考えたかった。

「んー……それがはっきりした事は解ってないんだよね!」

「え?」

「というか、“帰る”って決意したマレビトしか教えてもらえないんだよ。
 ボクは案内人とはいえ、この世界に残ることを決めた人間だから」

「…………」

「でもでも、大丈夫! 帰る方法を教えてもらえる場所も、
 どうせマレビト登録をしに行かなきゃならない場所だから!
 それは坎《かん》、この眠虎の中央政府、
 情報収集・集積機関のある、水の国です!」
 そう言ってギンコは最初の眠虎地図をめくり出すと、
 オデコの部分をピシリと指した。

「“水先案内人”とは良く言ったものだね。
 ちなみに政府公認の案内人のことは“ミズサキ”とも言います」

「…………」
 そんな豆知識どうでも良い。
「じゃあ帰りたくても帰れないんじゃないですか!!」

「うん、だから“すぐには帰れない”って言ったと思うんだけど……」
 あれ? という顔で首を傾げた。この人はたぶん、
 こっちがしっかりしておかないと、無駄に騙されるタイプの人だ。

「……水の国までは、どのくらいかかるんですか?」
 気を取り直して進一郎は聞いてみた。

「うーん、一日六時間歩いたとして、だいたい二ヶ月くらいかな?」

 長い。そしてたぶん辛い。

「でも大丈夫、この世界にも自動車はあるから!」

 だったらそっちを先に言えよ!
 という言葉を飲み込んで「……了解です」と答えた。

「さあ、じゃあ教室でのお勉強はこの辺にして、
 次は実際にいろいろ見に行こうか!」

 猫の手型指し棒をコンパクトに縮めてテーブルに置くと、
 ギンコは進一郎を先導して、軽やかに教室から出て行った。


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